近年、精神医学の理論的な基盤について考察する、精神医学の哲学の研究がさかんになりつつあります。この分野の諸問題は、狭義の科学哲学をはじめ、心の哲学や生物学の哲学など、広義の科学哲学の諸問題と密接に関係しており、研究を進めるうえでは、これらの分野の研究成果を参照することが不可欠です。このセミナーでは、精神医学の哲学の主要問題に関連の深い科学哲学の諸問題について、各分野の研究者に概要と現状をお話しいただき、精神医学の哲学の諸問題を考える手がかりを得ることを目指します。
第1回のテーマは、生物学の哲学における重要問題である還元の問題と種概念をめぐる問題です。精神医学の哲学に関心のお持ちの方はもちろん、生物学の哲学に関心をお持ちの方も、ぜひご参加ください。
日時:平成30年3月27日(日)13時から18時
場所:東京大学駒場キャンパス14号館308号室
講演① 13時から15時30分
講演者:森元良太(北海道医療大学リハビリテーション科学部・心理科学部)
講演題目:「生物学における認識論的還元に抗して」
概要:物理学は生物学に大きな影響を与えてきた。とりわけ1953年にDNA構造が解明され、分子生物学が誕生したことで、生命現象の物理学的研究が加速し、多くの成果を生み出してきた。生物学は物理学に還元されるのだろうか。還元の問題は存在論的なものと認識論的なものがあるが、本発表は後者を扱うことにする。生命現象への進化論的説明と発生学的説明を取りあげ、科学的説明の特徴を踏まえながら、生物学が物理学に説明的に還元できない事例を示す。
講演② 15時30分から18時
講演者:網谷祐一(東京農業大学生物産業学部)
講演題目:「種問題から考える自然種概念の役割」
概要:生物界はアフリカゾウやキイロショウジョウバエといった種(species)からなっている。しかし種については、その本性および正しい定義について長い間議論が巻き起こってきた。これが種問題と呼ばれる。本発表はその種問題を題材にして、精神医学の哲学に関係のある話題を提供することを目的とする。前半では種問題のこれまでの解決策――様々な種概念や自然種についての理論など――を概観する。これは種だけでなく分類一般の問題を解決するための概念的道具を提供する。後半ではそれを踏まえた上で、種という概念が生物学者の研究の中でどういう役割を果たしているかを考える。種問題の議論の中では「種」という概念は、それが様々な研究の文脈を横断して用いられることから研究上の貨幣になぞらえられることがある。しかし貨幣は「何かを売って貨幣を得、それを使って別の商品を買う」という流れの中では中間的な段階を占める。同様に種という概念も生物学者の研究の段階の中で中間的な位置を占めているのではないだろうか。本発表の後半ではこうした発想から、種は生物界についておおざっぱだが使い勝手のよい要約を与える道具として捉える見方を呈示する。これによって種問題が重要な問題とされていながら生物学者が時にそれにこだわらないという事実を説明できる。種という概念は、研究に必要だが投げ捨てられることもあるはしごなのである。
*事前登録は必要ありません。
*本セミナーは、科学研究費補助金16K13152による研究活動の一部です。
*本セミナーについてのお問い合わせは、鈴木貴之までお願いいたします。