2014/5/10 応用哲学会第6回大会「メタ哲学ワークショップ:哲学に直観は必要か」記録

 分析哲学においては、近年、哲学研究の方法論やそこで重要な役割を果たす概念にかんするメタ哲学的な問題に関心が高まっている。そこで問題となるのは、概念分析や思考実験といった手法の本性や、直観、思考可能性、分析性、アプリオリ性といった概念の内実はどのようなものかといったことである。ここ十年ほどのあいだには、実験哲学の流行によって、メタ哲学にかんする関心はさらに高まっている。このような状況をふまえて、メタ哲学の主要な話題について検討するのが本ワークショップの目的である。

 本ワークショップでは、とくに哲学における直観使用について検討した。分析哲学においては、ある理論を支持したり批判したりするときに、直観、とくに仮想的な個別事例にかんする直観に訴えることが広く行われているように思われる。直観は本当に不可欠な役割を果たしているのだろうか。仮想的な事例にかんする直観は、どの程度信頼できるものなのだろうか。そもそも直観とはいかなる能力なのだろうか。本ワークショップで検討したのは、これらの問いである。

 本ワークショップでは、3人の提題者が、分析哲学の3つの専門領域にかんするケーススタディを通じて、哲学における直観の役割について考察した。

 まず、鈴木貴之は、「哲学者は哲学的直観の専門家なのか」と題した発表において、自由意志論争にかんするケーススタディを通じて、哲学における直観利用とメタ哲学的見解の関係について考察した。哲学における自由意志論争では、一般的な原理にかんする直観も、仮想的な個別事例にかんする直観も、多く用いられる。そこでは、自由意志の問題は、素朴概念の分析を通じて決着をつけるべき問題だということが前提とされているように思われる。しかし、このような前提は自明なものではない。哲学的な自由意志論は、広義の自然種の探究でもありうるし、実践のための有用な道具としての自由意志概念の創造でもありうる。哲学的探究の目的をどう考えるかによって、直観の重要性は変化するのである。

 つぎに、笠木雅史(日本学術振興会特別研究員(PD)、京都大学)は、「哲学的主張は直観によって正当化されるのか?」と題した発表で、認識論における有名な思考実験を題材として、哲学における直観使用について考察した。認識論においては、ゲティア事例をはじめとして、ジプシー弁護士の事例やはりぼて納屋の事例など、さまざまな仮想的な事例の検討を通じて、知識とはいかなるものかが分析される。しかし、笠木によれば、これらの事例は等しく真剣に受けとめられてきたわけではない。そして、ある事例が哲学者に真剣に受けとめられてきたかどうかは、その事例にかんする主張に、直観以外の正当化が与えられるかどうかによるという。笠木によれば、直観は哲学的な主張にたいする直接的な正当化の役割を果たすわけではないのである。

 最後に、鈴木真(南山大学社会倫理研究所)は、「規範理論における直観と理論構築ー「リスク」を例にとって考えるー」と題した発表で、規範倫理学における直観しようについて考察した。鈴木が検討したのは、道徳の言語や概念にはなんらかの不確定性があることを認めるならば、どのように規範倫理学の理論構築を進めていけばよいのか、そして、そこで直観はどのような役割を果たすのか、という問題である。鈴木は、リスク概念を例にとりあげて考察を進める。リスク論では、リスクはある帰結の効用と、その帰結が生じる確率によって定義される。このようにリスク概念を数値化することで、多様なリスクを一元的に比較可能になり、さまざまな意思決定で利用することが可能になる。しかし、このようなリスク概念と人々の実際のリスク評価とのあいだにずれが生じることもある。このずれを明らかにし、意思決定理論に追加すべき要因を明らかにするうえで、一般人の直観を調査することが必要となる。

 3つの提題のあとには、フロアーとの質疑応答が行われたが、各発表者にさまざまな質問があった。質疑応答や懇親会での議論からは、今後検討すべき以下のような課題も明らかになった。

・ある哲学的な主張に正当化を与える要因として、個別事例にかんする直観以外には、どのようなものがあるか?それは、一般的な原則にかんする直観のようなものなのか?
・現実的な事例にかんする直観と仮想的な事例にかんする直観は区別すべきか?哲学には両者が必要か?
・問題領域ごとに直観の役割は異なるのか?数学や論理学とそれ以外では、本質的な違いがあるか?また、倫理学とそれ以外では、本質的な違いがあるか?
・メタ哲学的な見解の違いは調停不可能なものなのか?

 本研究プロジェクトの一環として、今後もメタ哲学をテーマとしたワークショップや研究会などを開催する予定である。

*本ワークショップは科学研究費補助金(課題番号:25770013)による研究活動の一部である。